東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)122号 判決 1969年2月28日
原告
新星タクシー株式会社
代表者
上埜保之
訴訟代理人
河村貞二
被告
中央労働委員会
代表者
石井照久
指定代理人
千種達夫
ほか三名
被告補助参加人
全自交東京自動車交通労働組合
代表者執行委員長
島松芳
訴訟代理人
石野隆春
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用および参加費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一、請求原因第一項の事実はすべて当事者間に争いがないから、被告が本件命令でした判断に誤りがないかどうか、原告の主張に即して判断する。
二、(東自交の救済申立適格について)
使用者は、「救済申立組合が労組法二条の要件を具備しないことを不当労働行為の成立を否定する事由として主張することにより、救済命令の取消を求めうる場合のあるのは格別」単に資格審査の方法、手続にかしがあることもしくは審査の結果に誤りがあることのみを理由として救済命令の取消を求めることはできないと解すべきことは、最高裁判所の判例(昭和三二年一二月二四日云渡第二小法廷判決、民集一一巻一四号二三三頁参照)とするところである。もつとも、右括弧部分の判示が、使用者は、いかなる場合に、労働組合が二条の要件を具備しないことは不当労働行為の成立を否定する事由として主張できるとするのか、必らずしも明らかとはいえないが、原告は本件において、当該企業の従業員たる組合員の意思決定に他企業の従業員たる組合員が参加することにより組合の自主性また民主性が失なわれると主張しているところ、右事由が直ちに不当労働行為の成立を否定する事由にあたるとはいえないから、これが前記括弧部分でいう格別の場合にあたるとは解せられず、原告の主張は理由がない。
三、(団体交渉拒否の正当理由について)
(一) 別紙記載の本件命令書中の被告の認定事実については、原告が訂正、補充すべきであると主張している部分を除いて、当事者間に争いがなく、右主張部分中、六月九日の相手方が、荒井、室岡を除いてその余が何者か一切原告に不明である点および九月七日の組合員手帳を示す時期の点を除くその余の部分が原告主張どおりであることは、<証拠>から認定でき、他にこれを左右するに足る証拠はない。そして、六月九日の相手方全員が東自交の組合員である旨は原告側に告げられており、また、組合員手帳を示すのが団体交渉の場であることは、前掲各書証から認定することができる。
(二) 右認定事実によると、原告は、その従業員梅田俊雄の解雇撤回に関する本件団体交渉の申入れがなされる以前にも、その従業員の解雇問題について東自交の役員と応待したことがあり、また東自交が結成以来(右日時が昭和三七年四月一六日以前であることは、成立に争いのない甲第九号証から推認できる。)ハイヤー、タクシー業者としばしば団体交渉を行ない、その組合活動が業界が可成りよく知られていたことは、当裁判所に顕著な事実であるから、以上からすると、原告は、本件団体交渉に際し、東自交がタクシー等の運転手の組合であることを承知していたと推認することができ、本件交渉担当者が組合における役職、身分を原告に明示していたことはすでに認定したとおりである。そして、本件団体交渉の議題が梅田の解雇撤回に関する件である以上、梅田が組合員であるを明かにすれば足り同人以外の原告従業員中の組合員の氏名、人数を明らかとすることは、右議題に関する限り必要はなく、そうだとすると、本件団体交渉を開始するに当り、組合が使用者に明らかにすべき事項に欠けるところがあるとはいえないから、組合員名簿等の不提出として原告が右交渉を拒否することは、許されないというべきである。
もつとも、原告が主張するように九月三日組合員十数名が原告社屋に押しかけて団体交渉を強要し、また、組合役員が組合員名簿等を提出する旨の前言を翻したことは、すべに認定したとおりであるが、九月三日の組合員の行動については、団体交渉開始の前提として組合規約、組合員名簿の提出が必要である旨の原告側の従前からの一貫した態度に対応する面があることは否定できず、後者も約束した翌日変更したものであり、右名簿等の提出が本件団体交渉開始の条件にならないことは前述したとおりであるから、(一般論として、組合員の氏名を明らかにする必要がある場合、これが、方法は組合員名簿の提出に限られておらず、要は氏名が確認できれば足りるのであるから、組合員手帳を示すことも一方法として許されるというべきである。)、組合側の右態度をもつて原告の主張するようこれを非難するのはあたらず、また、右態度が前記名簿等を提出すべき義務を組合に負わすとはとうてい解せられない。
以上により、原告の主張は理由がない。
四、(団体交渉の対象事項について)
団体交渉においては、組合に利害関係のある事項で原則として相手方使用者の処分、管理権限内にある事項であれば、これをその対象とすることができ、個々の組合員の雇用上の地位の安定をはかることも組合の重要な機能の一である削ら、組合は、組合員の解雇につきこれが是正、反省を使用者に要求することができ、したがつて、解雇問題も団体交渉の対象事項になるというべきである。解雇処分の正当性の有無は法的判断の問題であり、最終的には裁判で決すべきものであることは原告主張どうりであるが、解雇も労使間の紛争である以上、まず団体交渉の場で双方論議をつくして事態の解決をはかることが、法的判断により一刀両断的な解決をするよりも、より事案に即する場合がないとはいえず、むしろ、まず前記論議をつくすことが労使間の慣行として望ましいともいえるから、解雇処分の正当性の有無が法的判断の事項であることを理由として、右問題が団体交渉の対象事項にならないと解することはできず、原告の主張は理由がない。
以上三、四で述べたところによると、原告は、梅田解雇という団体交渉の対象となるべき議題について、これが交渉を開始するに当り、必要でもない資料の提出を東自交に求め、これを終始固執しているから、原告の右態度は、右資料の不提出に籍口して、東自交との団体交渉を拒否しているというのほかなく、右拒否は正当の理由がないというべきである。
五、(救済申立の利益について)
解雇問題の解決についても団体交渉の場を利用することに意味がなくはないことは前述したとおとであるから、使用者が解雇処分を撤回する意思を全く欠いているとしても、このことから直ちに交渉に入ることが無意味であるとは断定できず、要はまず、労使双方が交渉の場に臨んで論議をかわすことであり、使用者が交渉に参加したことにより、解雇につき裁判に訴えるみちがとざされたものでもないから、原告に解雇撤回の意思がないことを理由として東自交に救済申立の利益がないと解することはできず、原告の主張は理由がない。
六、以上の説示したところによると、原告の東自交に対する団体交渉の拒否は、労組法七条二号の不当労働行為にあたるというべきであり、被告がこれと同一の判断のもとに本件命令を発したことは正当であり、右命令にはその処分内容上もなんら違法な点を認めがたい。
よつて、本件命令の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄去すべきであり、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。(浅賀栄 宮崎啓一 大川勇)
(別紙)
本件命令書中被告委員会の認定した
事実
1当事者等
(1) 再審査申立人新星タクシー株式会社(以下「会社」という。)は、肩書地において、タクシー業を営む会社であつて、初審申立当時の従業員数は約一七〇名である。
(2) 再審査被申立人全自交東京自動車交通労働組合(以下「東自交」という。)は、東京都内で自動車交通事業に従事している労働者が組織する組合で、組合員数は約一、〇〇〇名である。
(3) 室岡喜一は、会社はおいてタクシー運転手として勤務していたが、昭和四一年六月九日、①経歴詐称、②勤務成績不良、③無断でビラ張りを行なつたこと等を理由に解雇されたが、後に撤回された。
なお、当時、室岡は、東自交新星タクシー分会の分会長をしていた。
(4) 梅田俊雄は、会社において、タクシー運転手として勤務していたが、昭和四〇年三〜四月頃東自交に加入した。同人は、昭和四一年七月一八日人身事故をおこし運転免許停止処分を受けその後七月二二日より八月六日まで連続欠勤したが、八月七日出勤し、会社に対しこの処分がとけるまでの期間、内勤を認めて欲しいと申し入れたが、会社は梅田の事故多発、改悛の態度がみられないこと等を理由に、八月二二日同人を解雇した。
2東自交の団体交渉申し入れと会社の態度
(1) 室岡の解雇に関する団体交渉の申し入れ
① 昭和四一年六月六日、東自交より文書をもつて団体交渉を申し入れた。
② 六月九日、東自交中野支部長荒井静ほか組合員十数名は会社に赴き、団体交渉を申し入れたところ、会社側から、山室渉外課長ほか二名が応対に出て、部屋の関係から、五名を希望したため、荒井静ほか四名が会談し、組合は、「室岡の解雇撤回を要望するため、団交の申入れに来た。」旨伝え、その日は名刺の交換を行ない、次回期日を、六月二一日に定めて帰つた。
なお、その際会社は、「室岡の解雇は、管理者会議の決定であるから撤回できない。」と答えた。
③ 六月一七日、会社は、室岡がしばしば会社を訪れ、詫びたこと、改悛の状が顕著であること、念書を提出したこと等を理由に同人の解雇を撤回した。
④ 六月二一日、東自交の福田書記長らは、会社に山室課長を訪ね、協約書の締結を求めたところ、会社は対象事項の消滅を理由に拒否した。
(2) 梅田の解雇に関する団体交渉の申入れ
① 昭和四一年八月二五日、会社は梅田の解雇撤回を議題とする新星タクシー分会長室岡喜一名義の団体交渉申入書を受けとつた。
同月二七日室岡が山室課長に回答を求めたところ、同課長は「組合の組織がはつきりしないので答えようがない」といつて断つた。
② そこで、東自交はあらためて八月二八日付内容証明郵便で、全自交東京地連執行委員長長谷川清、東自交執行委員長松芳、東自交新宿中野支部長荒井静の三者連名で、九月三日を期日とする団体交渉申入書と抗議文を送付した。これについて、山室課長は、九月一日、荒井支部長に対し電話で、「団交を拒否するわけではないが、組合組織、組合員等について明確にして欲しい」と連絡した。
同月三日、組合員十数名が会社に赴いたが、山室課長は、当日の団体交渉を拒否すると共に、荒井支部長と二人で会談することを提案し、九月六日に会うこととなつた。
③ 九月六日、山室課長は、荒井支部長と会い、組合の規約、役員名簿の提出、新星タクシー内の組合員の明示を要望し、「その上で団交を行ないたい。」といつた。荒井支部長は、これを了承したが、翌七日、山室課長を訪ね、「昨日規約と名簿を出すといつたが、名簿は出せない。その代り団交の際には組合員手帳をみせて身分を明らかにする。」と申し入れた。
それに対し、山室課長は、「それでは話が違う。」といつた。
④ その後、同月一〇日、島松東自交委員長、荒井支部長らは組合員五〇名と共に会社を訪ね、口頭で、団体交渉を申入れ、更に一一月三〇日、昭和四二年三月二日の三回に亘つて、文書で団体交渉を申し入れたが、組合規約、組合員名簿の明確でないことを理由に、現在にいたるも団体交渉を拒否し続けている。
なお、東自交は、「組合規約」「組員合名簿」の何れも会社に提出していない。